神戸地方裁判所 平成6年(わ)301号 判決 1997年4月15日
国籍
韓国(慶尚北道達城郡城西面壯洞五一三番地)
住居
兵庫県宝塚市仁川旭ガ丘二番二八号
会社役員
福本勇二こと許魯
一九三四年五月一五日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官首藤和司出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金二五〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、兵庫県宝塚市仁川旭ガ丘二番二八号において、「福本重機工業」の名称で土木工事業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、左記いずれの年分についても、実際の所得金額とは関係なく、ことさら過少な所得金額を記載した所得税確定申告書を作成するなどして、各年分の所得の一部をそれぞれ秘匿した上、
第一 平成元年分の総所得金額が三八六四万〇〇七五円で、これに対する所得税額が一四八三万〇五〇〇円であるのに、平成二年三月一二日、兵庫県西宮市江上町三番三五号所在の所轄西宮税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が六七〇万六五五八円で、これに対する所得税額が七三万五四〇〇円(ただし、申告書は六七万三二〇〇円と誤って記載)である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税一四〇九万五一〇〇円を免れ、
第二 平成二年分の総所得金額が一億四七七八万〇四八六円で、これに対する所得税額が六九五七万二〇〇〇円であるのに、平成三年三月一一日、前記西宮税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総所得金額が七七五万七二〇〇円で、これに対する所得税額が一〇七万一三〇〇円(ただし、申告書は八七万九四〇〇円と誤って記載)である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税六八五〇万〇七〇〇円を免れ、
第三 平成三年分の総所得金額が五三五六万二五二九円で、これに対する所得税額が二二一七万八五〇〇円であるのに、平成四年三月一二日、前記西宮税務署において、同税務署長に対し、平成三年分の総所得金額が七七九万六四〇〇円で、これに対する所得税額が九一万二三〇〇円(ただし、申告書は八八万七二〇〇円と誤って記載)である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税二一二六万六二〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
( )内は検察官請求の証拠等関係カードの番号を示す。
判示事実全部について
一 被告人の当公判廷における供述
一 第一回及び第五回公判調書中の被告人の各供述部分
一 被告人の検察官に対する供述調書(六七)
一 被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書二九通(三八ないし六六)
一 証人月山良雄の当公判廷における供述
一 第四回及び第五回公判調書中の証人福本順子こと朴達丹の各供述部分
一 福本順子こと朴達丹(九通)及び福本優子こと崔春愛の大蔵事務官に対する各質問てん末書(二八ないし三六、三七)
一 大阪国税局収税官吏作成の「所轄税務署の所在について」と題する書面(八)
一 大蔵事務官作成の査察官調査書一七通(一一ないし二七)
一 検察事務官作成の報告書(七三)
判示第一の事実について
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書及び証明書(二、五)
一 大蔵事務官作成の査察官調査書二通(七四、八四)
判示第二の事実について
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書及び証明書(三、六)
一 大蔵事務官作成の査察官調査書九通(七五ないし八三)
判示第三の事実について
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書及び証明書(四、七)
(簿外経費の主張についての判断)
弁護人は、判示各事実について、脱税の事実自体は認めるものの、現金で支払った多額の経費が被告人の必要経費として把握されていない旨主張して各年度のほ脱額を争い、被告人も公判廷において右に沿う供述をしているので、以下判断する。
一 被告人は、捜査段階においても、被告人の営む土木工事業に関し現金で支払ったため請求書や領収証等の取れなかった経費がある旨一貫して主張し、その具体的金額については最終的に、平成元年及び平成二年は各三〇〇〇万円、平成三年は二四〇〇万円の各金額以上ではない旨供述し、右金額が各年度の総所得額計算の前提となる簿外経費とされた。しかるに、被告人は、公判廷において、残土処理費、労務費及び交際費について領収証等の取れなかった多額の経費が存在したのであり、それらを合計すると、各年とも税務当局によって把握された右簿外経費の各金額では到底足りない旨供述する。
二 そこで、まず、右捜査段階における被告人の供述の信用性及び認定された簿外経費額の相当性について検討する。
1 前掲関係各証拠によれば、捜査段階において右簿外経費額が認定された経緯は、次のとおりである。被告人は、大蔵事務官である査察官の取調べにおいて、領収証等のない現金払いの経費が存在した旨主張し、その計算方法について、右経費に充てた現金は、被告人や被告人の妻名義の当座、普通及び定期の各預金から出金して手当てしていたので、右出金額から、領収証等や給与台帳に記載がある現金出金分並びに被告人及びその家族の生活費等の現金支払分を控除すれば分かる旨供述し、さらに、親族等への貸付金の返済金もそれら現金払いの経費の原資になっていた旨供述した上で、それらの具体的金額について、平成元年及び平成二年では月平均多くても各二五〇万円、年間合計各三〇〇〇万円、平成三年は月平均多くても二〇〇万円、年間合計二四〇〇万円である旨供述した。そこで、査察官において、不明入出金の調査をしたところ、平成元年には約三〇〇〇万円、平成二年には約二六二〇万円、平成三年には約二八三〇万円の現金出金がなされている可能性がある旨判明し、被告人の言い分が一応裏付けられたとして、被告人の供述どおり、平成元年及び平成二年に各三〇〇〇万円、平成三年に二四〇〇万円の簿外経費を認容した。
2 右経緯について、被告人は、公判廷において、「右簿外経費の金額は、査察官が一方的に押しつけてきたもので、自分の方からはそのような金額は述べていない。自分は、年間少なくても七〇〇〇万円から八〇〇〇万円の簿外経費があったと述べたが、取調べが長時間に及んだことや、査察官から起訴しないと言われたことから査察官の言う金額をやむを得ず認めさせられたものである」旨弁解する。
しかしながら、被告人の大蔵事務官に対する各質問てん末書の記載によって捜査段階での被告人の供述内容とその経過を見ると、被告人は、当初から現金払いの経費があった旨主張し、その計算方法や所得金額の計算方法についても自ら述べていたこと、右方法により査察官が計算した各年分の所得の概算が、被告人の考えていたものよりもはるかに多額であったため、被告人は、もっと経費があったはずである旨主張したこと、そのため、査察官からその経費支払の原資について尋ねられ、貸付金の返済金があった旨述べたこと、その後、その貸付先や金額についての前の供述を訂正してその内容を具体的に述べた上で、右簿外経費の金額を述べ、これを簿外経費として認めて欲しい旨主張していることが認められる。このような供述経過に加え、被告人の右主張を受け、被告人側だけが知り得た貸付金等について査察官が裏付け調査をした結果、被告人の主張する簿外経費の存在する可能性が一応裏付けられたとして、その主張する金額が認められたとの経緯や、査察官の取調べから約一年後の検察官の取調べの際にも、簿外経費の金額について同様の主張を繰り返していること、さらには、被告人の公判供述によれば、検察官から「起訴することになった」旨聞かされたというのに、その際に「査察官に起訴しないと言われた」などと述べることもせず、査察官に対するのと同様の供述をしていることなどの事情に照らせば、捜査段階で簿外経費の金額を右のとおり認めたことに関する被告人の右公判廷での弁解は到底信用できない。
3 そして、右のように、簿外経費の金額については、国税局による不明入出金の調査によって一応の裏付けがなされているのであるが、その裏付け調査の方法や内容は、査察官調査書「現金出納帳」、同「現金」及び同「貸付金」の資料によって知ることができる。すなわち、右「現金出納帳」においては、銀行確認書等によって、預金口座から引き出されている現金額を特定し、そこから、被告人の妻等において記帳していた元帳等で確認できる現金払いの経費や、現金払いの生活費を差し引くと、平成元年に約二六七〇万円、平成二年に約一二〇万円、平成三年には約二七六〇万円の各不明出金額が判明し、さらに、右「現金」においては、物証はないものの、被告人及び資金管理をしていた被告人の妻の各捜査段階の供述から、現金残の増減により、平成元年にマイナス一七〇万円、平成二年に一〇〇万円、平成三年に八〇万円の各不明出金額があることが判明し、右「貸付金」においては、被告人の供述する山村晃正及び許魯奎に関する各貸付金について、右両名の取引先に反面調査を実施したところ、右各貸付金についての被告人の供述に信憑性のあることが窺えたので、被告人の供述どおり、平成元年に五〇〇万円、平成二年に二四〇〇万円の各貸付金の返済があったとして、同額の不明出金額をそれぞれ確定し、以上を合計すると、平成元年には約三〇〇〇万円、平成二年には約二六二〇万円、平成三年には約二八三〇万円(計算上では約二八四〇万円)の各不明出金が認められたというものである。
4 以上のような捜査段階における簿外経費額認定の経過を見ると、総所得額の算定上自己に有利になる経費の金額について、物証となる領収証等が取れなかったものであることから、その算出方法や原資について自ら具体的に述べ、それに応じて査察官が調査した結果によって一応裏付けられている被告人の捜査段階における供述は信用性が高いというべきである。そして、右経過に照らすと、右裏付けの過程は、調査の一つの方法として適正かつ合理的であり、また、確定された各不明出金の金額についても、現金出納帳分については書証の裏付け、現金分については妻の供述との一致、貸付金分については貸付先等への反面調査というように、いずれも一定の根拠によって算定されているのであり、その内容もそれぞれ具体的であって、相当であるといえる。
弁護人は、右裏付け調査の方法が適正かつ合理的とはいえないなどと主張するが、右不明入出金の調査においては、領収証等の確実な物証等もなく、多くを供述証拠によらなければならない状況にあったのであり、右のとおり、その調査の方法及び算出結果は適正かつ合理的であって、弁護人の右主張は当たらないというべきである。
三 次に、被告人の右公判廷における供述の信用性について検討する。
1 被告人は、公判廷において、残土処理費、労務費及び交際費について領収証等の取れなかった多額の経費が存在し、それらを合計すると各年分とも少なくとも七〇〇〇万円ないし八〇〇〇万円となり、右認定された簿外経費よりも多くかかっている旨供述し、その内容を具体的に供述している。そして、弁護人は、右供述を受けて、各年度における残土処理費、労務費及び交際費について具体的金額を算出した上、捜査段階で認定された簿外経費の外、平成元年分につき三六七四万二六五九円、平成二年分につき六〇八三万六八五五円、平成三年分につき二二七六万八一八六円の各簿外経費が存在する旨主張する。
2 しかしながら、被告人の言うように、現金で支払った簿外経費が各年分とも少なくとも七〇〇〇万円ないし八〇〇〇万円あったとすると、当然それに見合うだけの支払原資があったということになるのであるが、被告人は、捜査段階においても簿外経費がある旨強く主張しながら、査察官からの支払原資の追及に対しては前記の貸付金の返済金等しか明らかにしておらず、それによる金額は前記のとおりであり、被告人の言う七〇〇〇万円ないし八〇〇〇万円とは大きくへだたっている上、公判廷においてもその原資についてはそれ以上に根拠を示したりして明らかにすることをしていないのである。そうすると、被告人は、自らの公判供述の裏付けになる支払原資については、捜査段階で認められた前記金額以上にその根拠を明らかにできないということであり、何よりもまずこの点において、被告人の右公判供述は信用性に乏しいというべきである。
3 また、前記二で検討したとおり、被告人の捜査段階における供述は信用性が高く、捜査段階での簿外経費額認定の過程は適正かつ合理的であると認められるのであり、これらを総合すれば、領収証等のない経費が存在するとしても、それは簿外経費として把握された経費の範囲内にとどまるものと合理的に推認できるところである。しかしながら、弁護人は、残土処理費、労務費及び交際費の各項目ごとに具体的金額を上げて必要経費を算定し、前記のとおり、右把握された以上の金額の簿外経費がある旨主張し、被告人も公判廷において一部これに沿う供述をしているので、それが右推認を覆すに足りるものであるか、以下検討する。
(一) 残土処理費について
被告人は、領収証の取れない残土処理費があったことは捜査段階から述べていたが、公判廷において、下請業者以外のいわゆる一台持ちのダンプ業者に処理させた分の現金払いの経費があり、それが全体の残土処理費の約六〇パーセントである旨具体的に供述し、その一台あたりの単価についても具体的な金額を供述している。そして、弁護人は、注文主からの注文書等により算出される工事現場の総残土量から、経費として把握されているトラック台数とその一台あたりの標準積載量により算出した残土量を差し引いたものが、一台持ちダンプ業者に依頼して処分させた残土の量であり、それの処理に要するトラックの台数と一台あたりの単価により計算した費用が、経費として把握されていない残土処理費であるとして、平成元年分で二二三二万四四七七円、平成二年分で二六一六万六六四六円を主張する。
しかしながら、被告人の述べるとおり、一台持ちのダンプ業者に処理させたものが残土処理費の全体の約六〇パーセントもあるとすれば、それは、被告人の事業遂行にとって極めて重要な部分を占めると思われるのであるが、被告人は、それらダンプの運転手らへの連絡方法や具体的な氏名等あるいはそれらに関するノートへの記載状況などの具体的な事情については、あいまいな供述に終始しており、何ら明らかにできていないこと、そもそも、被告人の主張する約六〇パーセントという数字も、被告人自身具体的根拠を示すことができないことに照らすと、被告人主張のような多量の残土処理費を一台持ちのダンプ業者に依頼したこと自体に疑問があるといわざるを得ず、また、その単価についても、被告人は、工事現場と残土処分場との距離や土質あるいは業者によっても様々である旨述べた上、被告人の記憶に基づく平均値として具体的金額を述べているのであるが、記憶に基づく単価であれば、公判当初から供述できたはずであるのに、当初の段階では、注文書記載の単価に被告人方の利益が約一〇パーセント見込んであるなどの理由で逆算する方法で単価を述べていることからすれば、被告人のこの点に関する供述もたやすく信用できないというべきであり、したがって、被告人の残土処理に関する公判供述は信用できないといわざるを得ない。さらに、弁護人が主張する残土処理費の金額はあくまでも計算上の数値にすぎず、その基になる量とか単価の多くは推測の域を出ないものであり、その前提となる被告人の公判供述が右のように信用できないことに照らすと、簿外経費となる残土処理費の金額としての合理性を有していないといわざるを得ず、採用できない。
(二) 労務費について
被告人は、捜査段階及び公判廷で、釜ケ崎等から連れてきた人夫や韓国からの出稼ぎ労働者に支払った領収証の取れない現金払いの労務費がある旨供述するが、公判廷においてそれら労務費は、簿外経費で認められた金額では到底足りない旨供述し、弁護人は、その人数は一日あたり七人を下ることはなく、一人あたりの日当は一万五〇〇〇円を下ることはなかったのであり、計算すると各年分とも三一五〇万円になる旨主張している。
しかしながら、<1>そもそも被告人が公判廷で供述するような一〇人とか二〇人という多数の人夫を被告人らによって直接毎朝のように雇い入れることができたかどうかについては、被告人が依頼したとも一部で供述する手配師に関する供述があいまいであることなどに照らしても内容が不自然であること、<2>仮に、被告人の右公判供述を前提としても、被告人も供述するように、当時、人夫を大量に必要としていたのは新宝塚ゴルフ場の工事現場であり、右工事現場については、工事が施工されたこと自体を立証する物証さえほとんどなかったことから、被告人の預金口座からの入出金状況によって売上げ額の九割が経費とみなされ、既に認容されており、また、被告人は、「右工事現場では一日に平均一五人は人夫を使用していた」と述べ、釜ケ崎等で集めた人夫の数についても、種々変遷しながらも最終的には「平均して一五人くらい使用した」と述べていることからすれば、被告人の主張する釜ケ崎等で集めた人夫の労務費があったとしても、それらについては、右工事現場の経費としてその多くが把握されていると解するのが合理的であること、<3>新宝塚ゴルフ場以外の当時の主たる工事現場である仁川高台等の各工事現場における領収証のない人夫の人数や日当などの支払状況に関する被告人の供述もあいまいであり、かつ変遷しており、さらに、右各現場においては、杉山建設等の人夫業者からも人夫が派遣されており、この費用については別途経費として把握済みであること、<4>弁護人は、日報に記載されている「社」は社宅にいた労務者を指し、これを正規の従業員と認めた査察官の取扱いは適当ではなく、この点において労務費の計算は適正を欠き、平均して七人の社宅にいた住み込みの人夫に関する労務費が経費として把握されていない旨主張するが、そもそも日報は被告人が自ら記載したものであるのに、被告人は、「社」が何を意味するのかについて極めてあいまいな供述に終始し、その意味するところを明らかにし得ないこと、被告人の公判供述によれば、韓国からの出稼ぎ労働者や、釜ケ崎等から集めてきた人夫のうち見込みのありそうな人が社宅に泊まっていたというのであり、右韓国からの労働者である「張」、「新」などの人物は、経費明細帳や日報等にその名の記載があるため、経費として既に把握されているとみられることからすれば、弁護人の前提とする被告人の供述自体あいまいであること、また、弁護人は、右主張の根拠の一つとして、「社」が表示する人数の記載が当時の正規の従業員数六名を上回る日があることを挙げているが、弁護人の指摘する右記載は同じ工事現場ともみられ、必ずしも弁護人の主張を根拠づけるものとはいえないのであり、弁護人の右主張は採用できないこと、以上<1>ないし<4>に照らせば、被告人の労務費についての公判供述はたやすく信用できず、それを前提とする弁護人の主張は理由がない。
(三) 交際費について
弁護人は、リベート的な交際費が請負代金額の約三パーセント、その他の接待費等は右代金額の約二パーセント支出されている旨主張し、被告人も公判廷において同旨の供述をしているが、被告人のこの点に関する供述は、具体性がなく、これを裏付ける客観的な資料も全く存しないのであり、信用性に乏しいといわざるを得ない。
4 以上を総合すれば、残土処理費、労務費及び交際費についてそれぞれ何ほどかの簿外の経費を要したことは窺われるものの、被告人のこれらの簿外経費に関する公判供述は、いずれも信用性が乏しく、他に信用するに足る証拠も見当たらないから、合理的に推認される簿外経費の金額を超えると疑うに足る事情は認められない。従って、簿外経費としてすでに認容されたもの以外に、弁護人が主張するような経費の存在は認められないといわざるを得ない。
四 よって、簿外経費についての弁護人及び被告人の主張は採用できない。
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、いずれも所定の懲役と罰金とを併科し、かつ、各罪について情状により同条二項を適用し、以上は平成七年法律第九一号による改正前の刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪の罰金額を合算し、その加重した刑期及び合算した金額の範囲内で、被告人を懲役一年六月及び罰金二五〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、営んでいた土木工事業の経理において、従前から帳簿等も付けずどんぶり勘定によりずさんな管理をしていたところ、いわゆるバブル景気で平成元年から売上げが飛躍的に増大したため、平成元年から平成三年にかけていわゆるつまみ申告の方法により前年度と同様の所得を申告し、合計一億〇三八六万二〇〇〇円を脱税したという所得税法違反の事案である。
犯行の動機について、被告人は、在日韓国人であり老後の保障が十分でなかったため資産を蓄える必要があったとか、官庁工事のランクが急に上になると仕事がこなせなくなるなどの理由を挙げるが、いずれにせよ、それらの理由が脱税を正当化するものとはならないばかりか、そもそも、従前からその経理の処理はずさんであったというほかなく、適正な納税をなす態勢になかったのであって、納税義務に対する認識が極めて希薄であった点において、被告人は厳しく責められるべきである。また、ほ脱額が判示のとおり高額であるだけでなく、ほ脱率も各年分とも九五パーセント以上と極めて高率であり、悪質であるといわざるを得ない。
しかしながら、その脱税の方法は前記のようにつまみ申告という単純な方法であり、態様が極めて悪質とまではいえないこと、本件が発覚した後、修正申告を行い、本税、加算税等の各税を完納したこと、事業形態を株式会社組織にし、経理については、経理担当の事務職員を採用したり、税理士と顧問契約を結んで経理税務面の指導を受けるなど適正な税申告を行う態勢を整えていること、これまでまじめに稼働し、また生活してきたと認められること、業務上過失傷害等の罰金前科以外前科がないことなど被告人に有利に斟酌すべき事情もある。
以上の事情を総合して考慮し、被告人には主文記載の懲役刑及び罰金刑を科した上、懲役刑についてはその刑の執行を猶予することとした。
よって、主文のとおり判決する。
平成九年四月二五日
(裁判長裁判官 吉田昭 裁判官 小川育央 裁判官 渡邊美弥子)